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人はロボットを愛することができるか

人工知能 哲学

いくぶん幼稚な問題設定と思われるかもしれませんが、これは考えてみると重大な問題であることがわかります。なぜなら人が当たり前のように、何の抵抗もなくロボットを愛し、例えばロボットと結婚するようなことさえふつうの出来事になるのだとすれば、これは紛れもなく大きなパラダイムシフトを生むことになるからです。そして、僕の個人的な意見としては、そのような世界は(いくぶん先のことになるかもしれませんが)必ずやってくると思います。その根拠として、いくつかの予兆を指摘することができます。しかしその前に、人が本当にロボットを愛することができるのかについて、簡単に議論をしておきましょう。

 

少なくとも現代では、これを否定する意見はとても根強くあると思います。ロボットには人間性がない、ロボットは生きていない、ロボットは感情を持たない。ロボットに愛されることがない以上、ロボットを本当の意味で愛することはできない、などなど。これらに対して反論を上げておきます。まず第一に、人間がちょっと複雑なロボットの一つに過ぎない可能性は十分にあります。人間自体がただの物理現象である以上、そのように考える方が自然なくらいです。となると、人間同士の愛情とロボット間での愛情は区別しようがないことになります。

しかし、あくまでロボットには生命がなく、人間には生命がある。そのように仮定しましょう。それでは、生命のないものを人は愛することができないのでしょうか?

人間同士の愛とは異なるかもしれませんが、生命のない「もの」自体を愛することは可能です。例えば人形を愛することだってできるし、音楽や絵画を愛することだってできます。確かにそれは人間同士の、双方向的な愛情とは異なり、一方通行の愛かもしれません。また、人間が音楽や絵画を愛するのは、そこに人間性があるからだ、と思われるかもしれません。

これに関して言えば、まず第一に、それは本当に一方通行の愛なのでしょうか?少なくとも僕たちだって、人間同士で愛し合う場合でさえ、「相手が本当に自分のことを愛しているかはわからない」はずです。極論を言ってしまえば、双方向的な愛は存在しなくて、「自分が相手を愛し、自分が相手も自分のことを愛してくれている」と感じているだけかもしれません。いくぶん歪んだ考えですが、相手から自分に対する愛とは、自分が相手が自分のことを愛してくれていると感じることである、つまり自らそこに愛を見出しているに過ぎないかもしれません。それならば、ロボットの機械的な相槌や仕草にだって、人間は愛を見出すことだってできるはずです。となれば、人間の解釈次第で、ロボットと双方向的な愛を育むことは理論上可能だと思うのです。

第二のポイントとして、人は絵画や音楽を愛するようにロボットを愛することはできない。なぜならロボットには人間性がないから、という意見に対して。これは大きな誤解です。その誤解を解くために、人間の「人形」に対する愛を見てみましょう。人形なんて興味ない人もいるかもしれませんが、人形だって絵画や音楽と同じくアートであり、そこに本質的な優劣はありません。つまり絵画や音楽を愛することができるならば人形を愛することだってできるはずであり、人形を愛することができるならばその上位互換であるロボットを愛せないはずがないのです。そもそも、ロボットに人間性がないと思うことが間違いであり、偏見なのです。僕はむしろ、ロボットは現代のアートの枠組みを超えるような、究極的なアートになり得るのではないか、と思います。

最後に、ロボットに対する愛は人間に対する愛と多少異なるかもしれませんが、これはロボットの「リアリティ」の問題に過ぎない、と僕は思います。人間に似たロボットはいくらでも作ることができるはずであり、ロボットは無限に人間に漸近していくことが可能だと思います。そしてどこかのポイントで、簡単にはロボットと人間の区別がつかなくなるでしょう。そうなれば、ロボットに対する愛と人間に対する愛の区別だって事実上見分けがつかなくなっていくはずです。問題はその区別がつかないほどの「リアリティ」を実現できるか、それだけです。つまり、それは技術的な問題なのです。

 

以上の議論により、僕は人間がロボットを愛することは理論上できる、という立場をはっきりさせることができたと思います。それでは、理論上できてもそれは実際に起きることなのでしょうか?これも面白い問題で、僕は理論上できるならばそれはかなり高い確率で起きると思っています。

なぜならロボットとの恋愛は人間との恋愛よりも成功させやすいからです。例えばルックスに関して言えば、いくらでも好みの異性のロボットを作れるはずです。性格だって趣味だって好みにカスタマイズできます。「そんなの面白くない」というのは一理あります。これに関して言えば、人間はロボットと恋愛するか、人間と恋愛するかは未来においても選択する余地があるでしょうし、「やっぱり人間を愛したい」というのであれば、そうすればいいと思います。問題は、おそらくそれを選択する人はこれからどんどん少数派になっていくであろう、ということです。うまくいかないリアルよりも、確実にうまくいくヴァーチャルを選択するようになるだろう、というのが僕の予測です。実際に、そのような予兆はいくらでも挙げることができます。アニメしかり、アイドル信仰しかり、ゲームしかり。現代ではそのような「オタク」たちはかわいそうな目で見られるかもしれませんが、その視点はこれから180度反転して、「リアル派」の人たちの方がかわいそうな目で見られるようになるかもしれません。

 

もちろんこれは確実な話ではありません。あくまで一つの予測です。しかし、予測をしておくことはそれなりに重要です。既存の常識なんていうのはいくらでも崩れる可能性があり、新しい常識に備えておく必要があるからです。なかなかcontroversialなトピックですが。