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Expliquer

哲学

「説明する」とは「視る」ことである。「AをBによって説明する」とは「AをBという様式に従って視る」ということであり、例えばA=恋愛、B=物語とすれば、これは恋愛小説になる。

「視る」というのは単純だが、強力なアナロジーである。例えば数学について考えてみよう。数学において、「視点」は「公理」に対応する。例えば僕たちは公理をあまり意識せずに数学について論じることができるが、これは視点をあまり意識せずに物事を視ることができるという事実と一致するし、もしもその気になれば「視ているもの」から遡って、例えば定理を論理的に分解することで、視点がどこにあるか、つまり公理が何かを明らかにすることができる。それだけではない。ゲーデル不完全性定理とは、証明も反証もできない命題が存在することを示しているが、これはひとつの視点から全てを視ることができない(例えば背後など)ことと一致する。さらに、ひとつの視点からは自分がいる位置自体を視ることはできないが、一歩後ろに下がればその位置を視ることができる。これは公理が自分自身から矛盾が導けるか否かを証明することはできないが、一歩後ろに下がる、つまり公理を少し拡大すれば、その矛盾性についても論じることができる、ということである。もちろん、いくら後ろに下がっても全てを視ることはできないので、数学の世界の全てを視ることはできない、ということも明白になる。

それではA=B=言葉としたらどうなるだろうか。今回は一般的な意味の言葉(つまり言語)で考えてみよう。これはつまり言葉の世界を視るということである。言葉の世界とは何か?ラカンの言葉を使えば象徴界ということになるのかもしれないが、わかりやすく説明してみる。例えば本を読むとき、僕たちは文字を視認する訳だが、文字を眺めている訳ではない。僕たちが本を読むときに頭の中で描いている世界、それが言葉の世界である。

この言葉の世界において、僕たちは言葉を用いて思考をしているとは限らない。むしろ、言葉によって思考させられている言ってもおかしくはない。これもわかりやすく説明してみよう。

画家はこのように語ることがある。「私たちがものを見ているのではなく、ものが私たちを視ているのだ。」ある画家が山を視る時、彼は山を無意識的な衝動によって視せられているとも言えるし、網膜に光を照射させられることによって視せられているとも言える。インスピレーション(吸気)とは文字通り、絵画の世界で息を吸い込むことである。画家が一方的に絵画を作り出す(イクスピレーション、呼気)のではない。画家は絵画の世界でレスピレーション、つまり呼吸をしているのである。

この議論は言葉の世界でも全く同様に通用する。僕たちは言葉を使う(イクスピレーション)だけではなく、言葉の世界から息を吸い込み、呼吸しているのである。これはまさに以前話したハンプティダンプティの「言葉」と「人」のどちらがご主人様か?という議論のもうひとつの側面である(以前の記事では言葉の意味を人が決めることができるか否か、という話であったが、ここでいうレスピレーションとは言葉によって思考しているのか、それとも言葉に思考させられているのか、という話である)。

さて、それでは言葉の世界において何をどのように視るか?それはあなた次第であり、あなたに決める権限がある。しかし、視たいものだけを視ているのはつまらないだろう。珍しいものだけを視たがるのもつまらない。ひとつ言えることは、たとえ嫌なものでも、社会的にタブーなものでも、ちゃんとそれを視るべきだということである。例えばニーチェに直感的な嫌悪感を感じたり、そこに社会的に不穏な空気を感じるかもしれない。しかしそれらはニーチェから目を背けて良いという理由にはならない。むしろそのようなものこそちゃんと僕たちが直視しなければいけないことなのかもしれない。

もうひとつ言えることがある。今度はどのように視るか、すなわちBについても考えなくてはならない。画家の眼が鍛錬によって凡人の眼以上のものを見ることができるようになるように、言葉の世界も鍛錬によって凡人以上のことが見えるようになる。そこに確立された方法論はないが、ただ言葉を平均的な了解によって見るのではなく、その言葉の意味深さを理解した方が良いだろうと僕は思う。「存在」という言葉は誰だって理解している(平均的な了解がある)が、その意味の深さについては理解していない。ただその言葉を見ているだけであって、観察してはいない。それで現実的な不利益を被るかどうかは知らないが、視える世界は圧倒的に狭くなるのではないかと思う。

 

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僕のブログの第一章はこれで幕を閉じるつもりです。第二章については未定ですが、僕が生きている限りまたこの世界には立ち寄る予定です。楽しみにしていてください。お付き合いいただきありがとうございました。

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