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猿とバナナと多様性

哲学

以前「自己目的」を意識することが大事だと書きました。

それ自体は間違っていないと思いますが、この考え方にもちょっとした落とし穴があることに気がつきました。

これを下の超単純な図を使って説明してみましょう。

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猿は僕たちで、バナナは自己目的です。猿はフェンスに囲まれているので、バナナに向かって直接進むと、バナナには辿り着けません。

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これが自己目的の1つの落とし穴です。

この場合、フェンスをどのように迂回するかが問題となります。

ここで猿はあまり頭が良くないと仮定しましょう。その場合、猿のすぐ横にりんごを置いて、猿をそっちに誘導することでバナナを発見させる、というのがベストな解だと思います。これを「りんご効果」と呼ぶことにします。

 

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さて、超単純な場合の話は終わりです。

超単純ですが、このモデルからちゃんと学ぶべきことは学んでおきましょう。まずはじめに、3つの具体例を挙げてみます。

①例えば資本主義と共産主義について考えます。ここで猿は社会であり、バナナは社会全体の利益です。共産主義はある意味社会全体の利益を直接求めようという方針だと考えられます。歴史が語る通り、この方針で進んでみたところあまりバナナに近づけませんでした。つまり、少なくとも現状ではフェンスが存在し、今のところこのフェンスを突き破ることはできません。

一方で、資本主義というのは直接は社会全体の利益を求めません。むしろ個人が各々の利益を追求することで、間接的に社会全体の利益を求めます。このように社会全体ではなく個人の利益を追求することが、まさにりんご効果な訳です。

「社会は猿みたいにバカじゃない」という意見もあるかと思いますが、バカじゃなくてもフェンスというのは近づいてみないと分からないなんてことはざらにあります。実際、共産主義がうまくいかないというのは、やってみなくては(ほとんどの人にとっては)わからなかったのではないかと思います。なのでフェンスを完全に把握するのは難しいという意味で、社会を猿としてモデル化するのはあながち間違っていないのではないかと思います。

 

②数学が得意な人にとっては次のような例が一番わかりやすいと思います。例えばあるxの関数f(x)の最小値を求めたかったとします。この時、バナナはf(x)の最小値です。もしもこれを直接求めようとするならば、f(x)が単純に小さくなる方向にxを変えていけばいいことになります。しかし、このあたりの数学を知っている人ならわかる通り、これではf(x)の最小値は求められません(局所的な最小値が求められてしまいます)。この場合、たとえ一時的にf(x)が大きくなったとしてもxを変化させることで、f(x)の本当の最小値にたどり着ける場合があります。これはまさにフェンスを迂回していることになります。

 

③他にも結構色んなことが猿とバナナのモデルで表せることがあります。特に愛とか幸福みたいに、自己目的というのは直接求めるのが難しいので、りんご効果が功を奏することは多いと思います。ビートルズが"All you need is love"と言っても愛は簡単には増えません。恋愛もストレートに告白するだけでは失敗しやすいです。愛を直接訴えるよりも、りんごを使った方がうまくいく場合は多々あるでしょう。

 

それでは肝心な部分です。この猿とバナナのモデルから学べることは、一般化すると「ある目的に到達しようとした場合、ある程度の多様性を持つことが大事になってくる」ということです。ここでいう多様性とは、色んなりんごを置くことです。バナナを意識することはもちろん重要ですが、ある程度のりんご効果を持たせることで、潜在的なフェンスを回避することができます。りんご効果とは柔軟さのことです。直接バナナを求めるというのは、かなり硬い考えです。りんごを使って社会に柔軟性を持たせることが重要だということです。

しかし、りんごばかり置いているのはもちろんダメです。それでは社会は本当に支離滅裂になってしまいます。りんごはあくまでフェンスを避けるための手段であるということは念頭に置いておいた方がいいと思います。どの程度のりんごをどのように置くかは、なかなか興味深い問題です。

とにかく、今回の目的は多様性の重要性を猿とバナナのモデルを使って示すことでした。僕は以前、自己目的を意識して、それを純粋に追求するべきだと言いました。しかし、自己目的を求める場合には、逆にりんごのような「自己目的でない目的」が有用になる場合があるので、僕の言ったことは少し甘かったな、と思います。穴がひとつ見つかってよかったです。