読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

論理学における知識

哲学

 これは僕が大学で勉強してきたことの簡単な復習も兼ねて書くことにしました。論理学において、知識というのはかなりはっきりと定義することができます。そのためにはまず「可能世界」についての説明が必要です。

 例えば、ここに3枚のカードがあり、0が2枚と1が1枚が表向きにテーブルの上に置かれています。これをシャッフルし、インディアンポーカーのように、AとBの二人が1枚ずつカードを取り、自分には見えないように自分の選んだカードを相手に提示したとします。仮にAとBはどちらも0を選んでいたとしましょう。

 この時、AとBはそれぞれ相手のカードの番号を「知っています」。それはどのように説明できるかというと、AとBのカードの組み合わせは全部で3通り可能であり、それぞれのケースを「可能世界」と呼びます。つまりこの場合では3つの可能世界が考えられ、これらを(A,B) = (0,0), (0,1), (1,0)として表したとします。

 ここでAは(0,0)と(1,0)の区別がつきません。Bの場合は(0,0)と(0,1)の区別がつきません。

 これを図にするとこんな感じです。

f:id:futsaludy:20160620080757j:plain

 Aは現実世界がどれなのかは分かりませんが、Aの区別できない2つの可能世界では、Bはいずれにしろ0です。なので、「AはBが0であることを知っています」。同様に「BはAが1であることを知っています」。

 このように、Aにとっての知識とは、「Aが現実世界と区別できないすべての可能世界において成立していること」と定義することができます。

 ここで、知識の変化についても言及しておきましょう。例えばBは「私は自分のカードが何なのか知らない」と発言したとします。となると、Aは自分のカードが0であることがわかります。なぜなら、現実世界が(1,0)であるとしたらBは自分のカードが0だとわかるはずだからです。

 ちょっと注目すべきことは、AとBが同時に命題φ=「私たちは自分のカードが何なのか知らない」と発言した場合、その直後にこの命題φは偽になるということです。このことをφ[~φ]と表します。このような性質を持つφの集合はとても興味深いですが、未だに多くのことは知られていません。

 

 それでは、これを現実世界に応用してみましょう。ここにひとつの仮定を置きます。「世界はあらゆる命題の成立、不成立によって記述できる」という仮定です。先の例で言えばカードの組み合わせの成立、不成立によって可能世界が定義され、その中のひとつが現実世界とされました。要するにこれと同じことを世界そのものに対してできるという仮定です。

 これによって可能世界が定義できるなら、後はAとBのようにすべての人間を考えて、彼らがそれぞれの可能世界を区別できるかどうか調べれば、知識のグラフとでも呼べるものが完成します。この知識のグラフさえ完成すれば、ある人物Aにとっての知識とは、「Aが現実世界と区別できないすべての可能世界において成立する命題」と定義することができます。これによって、あらゆる人間の知識だけでなく、彼らの知識の変化さえも記述できるようになる、という理論です。

 しかし、これは当たり前ですが理論上の話です。僕たちはそこまで膨大な知識のグラフは作れません。さらに、残念ながら僕たち人間は完璧に論理的な思考をできる訳ではないので、知識の変化さえも記述することはできなさそうです。

 とはいえ、そこまで悲観する必要もありません。これは立派なひとつの理論モデルであり、考察から得られることはたくさんあります。ひとつ目は、もしも知識のグラフが神様のような立場の人間にしか作れないのであれば、僕たちは絶対的な知識に一生たどりつけないということです。ふたつ目は、もう少し単純な知識のグラフを作ることができれば、そのグラフの上である程度知識について論じることは可能だということです。