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人間的思考と機械学習

哲学 機械学習

今回は「どうすれば人間に近い思考を行える人工知能を作ることができるか」というテーマについて考えてみたことを書きます。結論から言うと

①人間のアプリオリな認識のモデル化が可能であること

②人間の思考は主に経験からの汎化によって行なわれていること

の2つの仮説が正しければ、言葉によって人間同様に思考する人工知能を作れる可能性があります。

問題なのは①の方です。これに対するアプローチとして有力なのは全脳アーキテクチャがあげられると思います。これはアプリオリな認識のモデル化は脳を作っちゃえばできそうだよね、という考えです。一方で、ちゃんとアプリオリな認識を一つずつ解明して、それをモデルに組み込んでいくというアプローチもあると思います。前者のアプローチはいわゆるトップダウンで、後者のアプローチはボトムアップです。

②に関しては、僕より頭のいい哲学者が考えるか、①ができれば実験によって確認することができるので、最大の壁は①だと言えるでしょう。

 

それではどうすれば言葉によって思考する人工知能ができるでしょうか?

まず、人間的思考にはアプリオリとアポステリオリの2種類が存在します。アプリオリとは経験に基づかない認識、アポステリオリとは経験に基づく認識のことです。例えば論理、空間、時間などは経験に基づかない(経験からは導くことができない)認識です。一方でアポステリオリな認識とは経験や観測から導かれる認識のことです。例えば物理法則なんかはまさにアポステリオリな認識です。

さて、面白いことに機械学習にもアプリオリとアポステリオリに対応する概念があります。アプリオリな部分は「モデル」で、アポステリオリな部分は「経験による学習」です。私たちは機械学習のモデルを作る時、インプットの形式や機械学習アルゴリズムをあらかじめ指定しなければいけません。これらを経験から決めるということは基本的にはしませんしできません。モデルを生成すると、あとは例えば特定のタスクに対して、より成功する確率が高くなるように経験から学習させることができます。機械学習ではこの過程で、経験からの汎化を行うことができます。

重要なのはこの汎化です。汎化とは、最も広い意味で言えば「観測から本質的な特徴を捉えること」だと思っています。そして、これこそがまさに機械学習の理論であり、同時に人間の思考の方法ではないかと思うのです。

考えてみると、人間の思考も、ほとんどがこの汎化によって行なわれているように思えます。例えば「犬」を認識する能力は、基本的には何匹かの犬を見ることによってその特徴を捉え、新しく見た(今までに見たことない)対象が犬かどうかを識別する能力だと言えます。さらに私たちはその特徴に「犬」という言葉を結びつけることで、言語を考えることができます。僕の仮説は、このように言語とは汎化によってつくられるものではないかということです。それが正しければ、汎化によって言葉を理解し、それを駆使して思考する人工知能ができるかもしれない、と思う訳です。

 

いろいろと難しく言いましたが、簡単に言ってしまうと人間のモデルを作って、それを人間同様の環境で育てれば人工知能は作れるよね、という発想です。

人間同様の環境で育てるのは簡単です。難しいのは当たり前ですが人間のモデルを作るということに尽きるのでしょう。